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再現された大正時代の「敦賀港駅」 レンガ職人の息づかい残る「ランプ小屋」 かつてのヨーロッパへの玄関口…”鉄道のまち敦賀”をめぐる「小旅」

2026.06.04 19:30

福井県内の魅力を再発見する「小旅」のコーナーでは今回、日本海側で初めて鉄道が通った”鉄道のまち・敦賀”を今に伝えるスポットをご紹介します。
 

 

◆日本海側では最も早く1882年に蒸気機関車が走る

 

敦賀市の港に近い金ヶ崎緑エリア。とんがり屋根のちょっとレトロな雰囲気が漂う建物は「敦賀鉄道資料館」です。
 
大正時代に金ヶ崎にあった「敦賀港駅」を再現しています。
 

 

館内には、市民から寄せられた資料や鉄道模型、歴史を紹介するパネルなどがずらりと並んでいます。
 
敦賀の鉄道の歴史は古く、明治時代のはじめ東京―横浜間、京都―神戸間などと共に、日本で最初に鉄道建設が計画され、1882年、日本海側では最も早く蒸気機関車が走りました。

 

◆敦賀は”ヨーロッパへの玄関口”

 

施設ではボランティアガイドの説明を聞くこともできます。
  
観光ボランティアガイドつるが・向和夫副会長:
「こちらが欧亜国際連絡列車の東京ベルリン間のチケットです」
 
敦賀では明治45年、1912年に東京―ベルリン間を結ぶ「欧亜国際連絡列車」の運転が始まりました。
 
敦賀は”ヨーロッパへの玄関口”だったのです。
 
向和夫副会長:
「東京から東海道で敦賀まで来て、ウラジオストク船で行きここからシベリア鉄道でヨーロッパまで…」
 
新橋―敦賀港駅間には、直通列車が運行されていました。
 
乗客は、敦賀港からウラジオストク行きの船に乗り継ぎ、シベリア鉄道を経由してヨーロッパへ…どんな思いで向かったのでしょうか。

 

◆3つの施設を巡るスタンプラリー

 

観光客:
「昔の鉄道の在り方が分かって楽しかった」(滋賀から)
「新幹線ができたりして、歴史の変化を感じた」(福岡から)

金ヶ崎エリアにある3つの施設を巡るスタンプラリーも展開中です。
 
赤レンガ倉庫と、命の大切さを伝える資料館「敦賀ムゼウム」も回り重ね推しすると1枚のポストカードが完成します。

 

◆レンガ造りの「ランプ小屋」

 

そして、もう一つの鉄道遺産。鉄道資料館から歩くこと約10分、ひっそりとたたずむ     レンガ造りの建物は「ランプ小屋」と呼ばれています。
 
列車の灯として使われた「カンテラ」の燃料である油を保管していた倉庫で、当時は主要な駅だけに設けられていました。
 
丁寧に積み上げられたレンガのアーチ状の開口部、レンガにいまも残る”小さな刻印”
はレンガ職人の”サイン”ともいわれ、いまも、往時のにぎわいや職人たちの息づかいが聞こえてくるようです。
 
こうした遺産を観光やまちづくりに生かそうと、敦賀市は4年後の完成を目指して公園の整備を進めています。
 
”鉄道のまち・敦賀”で、いまも息づくその歴史のレールをたどってみてはいかがでしょうか?
   

 

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