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2026年5月23日(土)放送
“あそび環境”づくり100年企業ってなんだー?
折り紙で遊ぶ子どもたち
「一枚の折り紙が、子どもたちのあそび環境をつくるきっかけになった」——そう聞いて、すぐにピンとくる人はどれだけいるでしょうか。
折り紙から遊具へ。遊具から公園へ。そして、社会課題の解決へ。今回は100年以上にわたり、こどもたちの”あそび環境”づくりに取り組む企業の裏側を調査してきたジョイ!
「子どもたちが使うものは、自分たちの手で」
福井県敦賀市にあるジャクエツは、子供たちのあそび環境づくりを手掛ける会社。取引先は国内に約4万あるといわれる幼稚園・保育園・こども園のうち、約2万5000施設。幼児教育の現場に欠かせない存在といえる。
会社のルーツは、大正5年(1916年)敦賀市にあるお寺の住職・徳本達雄さんが、幼稚園を開園したことがすべての始まりだったそう。
東京の大学時代に幼児教育と出会い、その重要性を実感した徳本さんは、地元・敦賀に戻ると園を設立。そこで生まれた信念が、この企業の原点。
「幼稚園の中で子どもたちが使うものは、自分たちの手で作ろう」
越前和紙に、障子を張るときのハケを3本使って、色を手作業で塗って仕上げた色紙——それが、ジャクエツの折り紙の始まりでした。
遊び道具が少なかった時代に、手作りで生み出した一枚の折り紙。それが近隣の園で評判を呼び、「売ってほしい」との依頼が次々と舞い込みます。やがてクレヨン、ノート……と教材のバリエーションは広がり、今日の企業へと成長していきました。
「20年かかって、やっとこれを切れるようになった」
折り紙の断裁作業——ミリ単位の調整が職人の手で行われる
驚くべきことに、創業から110年以上が経つ今も、折り紙は超ロングセラー商品として製造が続いています。
その工場では、大きな原紙を通常サイズにカットする作業が、機械に頼らず人の手で行われています。
「角がぴったり合うワクワク感を園児に味わってほしい」——その思いから、ミリ単位の調整が施されます。
担当する村上さんは語ります。「結構技術が必要で、最初の段階で直角を出すのがなかなか揃わなくて。僕も20年ぐらい断裁してやっとこれを切るようにしたので」
さらに、色が濃くなるほど紙の水分量が増え、反りやカールが生じやすくなるため、紙の入荷時に水分量を計測し、必要に応じて乾燥させるか重しを乗せて管理するといいます。
一枚の折り紙の裏に、これほどの職人技が宿っていたとは——。
造船所仕込みのロープ術が、子どもの命を守る
勤務歴30年以上、ロープの達人・加藤さん
折り紙工場の隣には、遊具を製造する工場があります。そこで出会ったのが、勤務歴30年以上のロープの達人・加藤さん。
前職はなんと造船所勤務。「手作業が好きで、造船所にいるときはロープもワイヤーも編んでいた」という加藤さんから生み出されたのが、ネット遊具にロープを取り付ける独自の編み方です。「一か所切れてもほどけていかない」——たとえ一部が切れても、他の結び目が残るため、全体が一気にほどけることはありません。
「よりキレイに、子どもさんが喜ぶように。けがしないようなくくり方を考えている」
巨大な遊具の細部を形づくるのもまた、人の手なのです。
「全国で一人だけ」——公園遊具が日本一のデザインに
福井市中央公園「しろっぱ」。街に溶け込む洗練されたデザイン
ジャクエツのものづくりは、公共の場でも輝いています。
2025年3月にオープンした福井市中央公園の「しろっぱ」。この場所を手掛けた一人、遊具デザイナーの田嶋さんによると、遊具は上から見ると福井県の形がモチーフになっており、一部にはめがねのデザインも取り入れられています。
コンセプトは「子どものあそび場であると同時に、街とつながる拠点」。あえてキャラクター性を抑え、縁側のようなベンチを置くことで、誰もがゆっくりできる場所を目指しました。
そして、眼鏡がモチーフとなった遊具は2024年のグッドデザイン大賞を受賞。車や最新家電、有名建築がひしめく中で、日本一のデザインに輝きました。
「全国で一人だけです。なんか恥ずかしいですね」と田嶋さんは照れながら言いますが、その評価には深い理由があります。
障害の有無に関わらず、すべての子どもが同じ空間で遊べるよう、寝たままでも遊べる設計や、わずかな動きでも楽しめる工夫、さらに肌が触れる部分から金属特有のにおいを取り除くといった感覚面への配慮まで施されています。
「あそびで社会課題を解決できるんじゃないか」——孤独、障害、心の病。田嶋さんはその問いを胸に、遊具をデザインし続けています。
一枚の折り紙から始まったものづくりは、100年以上の時を超え、今も人の手の中に生き続けていたー。
どんなに時代が変わっても、その根っこにあるのは、創業者が抱いた「子どもたちのために」という、変わらぬ思いがあったジョイ!

