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2024年6月1日(土)放送
日本海側最大級といわれる若狭町の梅。ブランド「福井梅」の8割はこの若狭町で生産される。 なぜ若狭町は梅の産地になったのか?地元を調査すると、ヒントが伊良積という地区にあることが判明。 地元の郷土史家に聞くと、その始まりは江戸時代後期にあったことが判明した。 鍵を握るのは「平太夫」「助太夫」という2人の豪農だった。
また、昭和初期まで歌われていたという「梅はこび歌」がカセットテープに残されていた。 今では歌う人がほとんどいない、歴史に埋もれた幻の歌を紹介する。 梅農家が減少する中、梅農家を受け継いだ40代男性は「若狭町の梅を残していきたい」と力強く語った。