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「欲しがりません勝つまでは」使われずに残った配給切符 戦時下の暮らしを物語る資料展 福井県文書館で15日まで
今年は、昭和元年から数えて満100年。8月には太平洋戦争の終戦から丸80年が経ちます。県内では7月12日に敦賀空襲、7月19日には福井空襲もありました。こうした戦争の記憶をつなごうと、県文書館では戦時中の国民のくらしぶりにスポットをあてた展示会が開かれています。

県文書館で開かれている企画展では、保管する資料30点余りが紹介されています。
兵隊が勇壮に描かれ、戦時中の空気感を色濃く映し出している小学校の教科書も並びます。
スポットを当てたのは、「銃後」=軍隊の活動を後方から支援した、一般国民の生活や国内社会の動きです。
中には、衣料品の配給に使われた切符も。物資がなくなる中、切符には100点、80点などと点数が決められていて、例えばスーツは50点で交換できる仕組みでした。
県文書館の山本政一郎さんによれば「切符が使われずに残っている。一つには“欲しがりません勝つまでは”という標語があったように、切符は使わずに返すことが美談として広められた」といいます。
さらに「軍に回すことが優先されたので現物がなく、切符あっても使えなかった」という実情もあったようです。

そして「回覧板」と書かれたチラシに書かれていたのは―
<決戦食『蝗(イナゴ)』及び『田螺(タニシ)』料理について>
「食糧不足が深刻になり、普段食べないものでも、実は栄養が優れていると称して広めようとした」といい、国民の追い込まれた生活が垣間見えます。
続いて山本さんが見せてくれたのは「昭和13年=日中戦争の直後に始まった『国民貯蓄運動』」戦争費用を調達するため、国民から半強制的にお金を納めさせた制度です。「隣組や会社などで強制的に月3円を積み立てていこうとか、個人の意思では逆らえないような世の中だった…」
戦地だけではなく、国内に残った人たちも巻き込まれていった戦争。企画展は、7月15日まで開かれています。
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