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2026年7月18日(土)放送
みんなの疑問大調査4連発 ~海の宝石、役所グルメ、謎建物、裁判所の塔~
今回は、視聴者から寄せられた投稿から、4つの疑問を調査。
国内有数の”ウミウシ天国”、役所に本格グルメ、看板のない謎建物、裁判所のアノ塔の中身とは——みんなの疑問、全部調べてきたジョイ!
①「越前海岸に300種類以上」―日本で有数の“ウミウシ天国”
「世界に5000種類以上いるウミウシのうち、300種類以上がここ一か所で見られる場所は、日本中探してもほぼない。」
越前町でダイビングショップを営む三田村さんは、そう言い切る。越前海岸は、冬には水温が10度以下に下がり、夏には30度を超えることもある特殊な環境。北の寒流と南の暖流が交わることで、寒冷な海を好むウミウシも、温かい海を好むウミウシも、どちらも同じ海に住んでいる。
岩場と砂地が混在し、餌となる海藻や海綿も豊富。ウミウシにとってこれ以上ない”快適な住処”が自然に出来上がっていた。
さらに驚いたのが、福井の地名が付いたウミウシの存在。「クリヤイロウミウシ」「タマガワコヤナギウミウシ」「アユカワウミコチョウ」——いずれも越前海岸周辺の地名を冠した種で、その場所で最初に発見されたことが名前の由来だといいます。
「この海の環境を守って、ずっとウミウシが生きられるようにPRしていきたい」と語る三田村さん。
美しい海の宝石たちは、今日も越前の海中に静かに息づいていた。
②「毎日ほぼ完売」―人気の役所グルメとは!?
「A定食、B定食、サービスランチは、もうほぼ毎日売り切れます。」
食堂のスタッフがそう話すように、福井県庁1階ロビー隣の「県庁食堂」は、知る人ぞ知る人気スポット。
実は県職員だけでなく、一般の人も利用可能。メニューは、そば、うどん、中華そば、唐揚げ定食、カレーライスなど約20種類。おろしそばの単品が500円という良心的な価格設定も魅力だ。
中でも人気を集めるのが、毎日内容が変わる3種の日替わり定食。和食ベースのA定食、洋食メインのB定食、麺と丼がセットになったボリューム満点のサービスランチ——それぞれ栄養バランスを意識したメニューになっていた。
さらに、県内には一般利用できる役所の食堂が他にも存在している。福井市役所の「凸凹29(でこぼこにく)ごはん」は鹿児島県産和牛を使った本格派で、社長一押しのローストビーフ丼は女性にも大人気。
一方、敦賀市役所の「Kei.cook」は、朝から全品手作りにこだわった食堂。低温からじっくり揚げる唐揚げと、昔ながらのオムライスが根強い人気を誇る。「敦賀の中でここのオムライスが一番好き」と言ってくれるお客さんもいるほど本格的な味だった。
③ 看板もなく、窓も閉まった白いビル——その正体は、街の通信を陰で支える”要塞”
鯖江市のさばえNPOセンター向かいに、ひっそりとたたずむコンクリートの建物がある。
看板はなく、窓はすべて閉まっている。人の気配もない。「一体何の建物なのか」——。
地図サイトで調べると、「NTT西日本鯖江電話交換所」であることが判明。
NTT西日本の担当者・庄林さんによると、電話交換所とは電話と電話をつなぐ「交換機」が入った施設のこと。
かつては電話交換手が手動で回線をつないでいましたが、現在は自動化され、さらにインターネット回線の中継地点としても重要な役割を担っているという。
看板がない理由は、かつて隣に建っていた事務棟が撤去された際、社名板も一緒に取り外されたためだった。窓が閉まり続けているのは、内部の通信設備に直射日光が当たると悪影響が出るから。「能登の震災のときも、NTTのビルはそのまま立っていたくらいの耐震性能があります」と庄林さんは話す。
人知れず街に立ち続けるその建物は、私たちの日常通信を静かに守り続ける、無人の要塞だった。
④「最上階には何もなかった」——全国最古の現役裁判所に隠された、三層の塔の謎
福井市にある「福井地方・家庭裁判所」の建物を見上げると、屋上に三層構造の塔のようなものが確認できる。「あれは何のために使われているのか、それともただの飾りなのか」——。今回、職員の案内のもと、普段は立入禁止のその塔の内部へ特別に潜入した。一層目は法律書が並ぶ資料室。裁判官などが使用するための本が収められていた。螺旋階段で二層目へ上がると、そこも同じく資料室。そして、いよいよ最上階へ——。扉を開けると、そこには何もなかった・・・。
担当の湯浅さんによると、建物が建った当初は資料室として設けられた塔だが、最上階がいつ、なぜ使われなくなったのかは記録が残っておらず、分からないという。この庁舎が完成したのは昭和29年。そしてここには、もう一つの驚きが隠されていた。「現在も使用されている裁判所庁舎の中で、全国最古の建物になります。」福井震災からの復興のシンボルとして建てられたこの庁舎は、70年以上たった今もなお現役で使われ続けていた。
最上階の謎は解けないまま残ったが、その”空白”もまた、この建物の長い歴史の一部だった。


