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敦賀港からつながった絆…100年以上前のポーランド孤児救済 元大使が開いた記憶の扉 記者のポーランド紀行
東ヨーロッパの国ポーランドは、親日的な国の1つです。そのきっかけは、100年以上前に日本がポーランドの孤児を救済したことがあります。今回、福井テレビではポーランド政府の招きで現地の歴史などを取材し、ポーランド孤児の歴史に光を当てた元外交官にたどり着きました。現代の日本人へのメッセージとは―
ポーランドを象徴する作曲家、ショパン。21歳の時フランス・パリへ向かう途中で首都・ワルシャワがロシアによって陥落し、帰るべき祖国を失いました。
ポーランドは18世紀の終わりから20世紀の中頃まで、何度も周辺国の紛争に巻き込まれました。その悲劇を象徴するように、ワルシャワの聖十字架教会にはショパンの心臓が眠っています。
第2次世界大戦で大きな被害を受けた港湾都市・グダニスクには、れんが造りの教会や石畳の道路が目につきます。ドイツ軍の侵攻によって壊滅した街並みは、終戦から20年ほど後に再建されました。
クラクフという都市では、福井市出身の男性、小寺祐輔さんと出会いました。小寺さんは大学卒業後、自動車部品メーカーの住友理工に就職し、1年ほど前から家族とともに赴任しています。
「ポーランド人は親切で、人懐っこい人が多い。外国人の中では日本に近い感覚を持っている。日本人がポーランドに観光などで来たら、満足できるのでは」と話します。
ポーランドと福井は、人道の港・敦賀を介した関わりがあります。100年以上前のポーランド孤児の救出です。
シベリアにいたポーランド人がロシア革命で粛清されるなどした際、大勢の孤児を日本が受け入れ、最初に到着したのが敦賀港でした。
ただ、その歴史は戦後、東側陣営にいたポーランドにとってソ連の批判につながるとして、長らく表に出ることはありませんでした。
取材中、ポーランド側からこの歴史を掘り起こすことになった1人の元外交官に会うことができました。2008年から2012年にかけて駐日ポーランド大使を務めたヤドヴィガ・ロドヴィッチさんです。
ロドヴィッチさんはワルシャワ大学の日本学科を卒業し、能の脚本を手掛けるほど日本文化に造詣が深い人物。福井にも訪れたことがあり「小浜市の仏国寺で座禅をしたことがある」と話しています。
ロドヴィッチさんはポーランド孤児の歴史は知っていましたが、より深く関わることになったのは大使として赴任していた2010年のことでした。
「散歩をしていて『福田会』と書いた看板を見かけた」(ロドヴィッチさん)
日本に入国したポーランド孤児たちが東京で静養したのが、いまも福祉施設を運営している「福田会(ふくでんかい)」でした。
しかし、その歴史は福田会の中でも忘れられていたといいます。
福田会の土屋學理事は「大使から『ここはあの福田会ですか』と聞かれた。 職員みんなに聞いたけど、(ポーランド孤児の歴史を)誰も知らなかった」と当時を振り返ります。
ロドヴィッチさんとの偶然の出会いをきっかけに、福田会も過去の資料を見つけ出し、ポーランド孤児の歴史が明らかになりました。
「シベリア孤児はここにいた」と言われ「やっぱりそうだったとわかった」というロドヴィッチさん。「例えばシベリア孤児を救った日本人は、外国語を話せなかったが、心に感じたものがあるのではないか」
ロドヴィッチさんの働き掛けによってポーランド孤児の子孫と日本との交流はいっそう深まることになりました。
一方、福田会の土屋學理事は「国民みんなが協力して支援してきた、感動するような内容。『昔の日本人、頑張ってんじゃん』という、いまの日本にないもの、忘れているものを思い出させてくれる」と話します。
ロドヴィッチさんも「子供たちを丁寧に扱う。病気を治す、泣くなら慰める。簡単なことだが、そういう心を保てたら、人間としての人間である」と話します。
ポーランド孤児の歴史を語り継ぐことは“人間のぬくもり”を受け継ぐこと。 過去がいまの私たちに語りかけていることです。
救済事業から100年以上が経ち、当事者や研究者が少なくなる中、ポーランド孤児の子孫の間では新たな動きも出てきています。 いままでは研究者や福田会が声をかけて孤児の子孫が集まっていましたが、孤児の子孫が主体となった団体ができたといいます。 さらに先の世代が歴史の担い手になっていくことが期待されています。
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